登録者数100万人を超える旅系YouTuberのスーツさんが突然SNSで「悟りました」と投稿し、大きな話題になりました。
スーツさんは去年の10月、「この世には何も意味がないということに心の底から気がつきました」「何の執着も今はありません」という内容を投稿しました。それが割と大きなメディアでも取り上げられ、他のYouTuberとの対談動画も公開されています。
僕が動画の中で話す彼を見て思いました。「バリ島に来る前のコーヘイに似ている…」と。「今まで大事だと思っていたものや信じて疑わなかったものを、それって本当に大事なことなのか」と考え続けた結果、「この世に意味があるものなんて何もないんじゃないか」という結論にたどり着く。スーツさんは固定観念をロジックで壊す行為を少し楽しんでいるように見えたし、その様が髪の毛がヘソ位まであった時期のコーヘイと重なりました。
固定観念を壊す実験
スーツさんが面白いのは、実験的なアプローチをしていることです。例えば、撮影に向かう途中でわざと変な歩き方をしてみる。普段なら「変な人だと思われるからやらない」ことを、あえてやってみて周りの反応を確かめる。自分を制御していた固定観念を、一つずつ外していく作業です。
「刑務所に入ってみたい」という発言も僕の中で話題になりました。一般的には「刑務所=人生終わり」という固定観念がありますが、冷静に考えれば食事は提供されるし、デジタルデトックスもできるし、勉強や考え事に集中できる環境とも言える。ただし犯罪を犯すのは違うから、「冤罪で捕まって2〜3ヶ月過ごして、最終的に無罪放免になるのがベスト」みたいな、かなり過激といえる思考実験をしていました。
YouTubeが育てた「どこでも楽しめる力」
別の動画でひろゆきが指摘したのは、スーツさんの仕事のスタイルが、この「悟り」につながったんじゃないかということでした。(私、めっちゃ動画見てますね。)旅系YouTuberとして、どこに行っても面白いコンテンツを作らなければいけない。たとえその場所がつまらなくても、面白く見せる必要がある。
そうやって「どんな場所でも面白さを見つける視点」を磨き続けた結果、「どこに行っても楽しめる」「何をしても満足できる」という境地にたどり着いたのではないか。それはある種の悟りとも言えます。仕事で培った思考法を、人生全体に応用した結果なのかもしれません。
僕たちもその道を通っている途中
コーヘイは宗教も結局は自己超越につながるんじゃないかと考えていて、データを集めている最中だそう。まだ話すタイミングではないということなので、みんなで待ちましょう。
「これをしたらダメ」「これが正しい」という固定観念に縛られていると、本当にやりたいことができなくなる。日本に住んでいると、そういう固定観念の檻に囲まれやすい気がします。もちろんルールは大事だけど、「そのルールは何のためにあるのか」「本当にそうじゃなきゃいけないのか」と問い直すことも必要です。
常識を疑うことで見えてくるもの
僕たちだって、常識的に考えたらバリ島に移住できるレベルではありませんでした。でも「バリ島移住します」と決めて来て、今ちゃんと暮らせている。やりたいと思ったことは、とりあえずやってみる。それが一番いいんじゃないかと思います。やりたいことをやるのって、いつからこんなに難しくなったんでしょうね。
当時の僕は、日本にいるのもバリに行くのも、正直どっちでもよかったんです。天秤にかけたらバリの方が面白そうだなと思って来ちゃった。だから「絶対うまくいく」という確信があったわけでもないし、「失敗したら終わり」という恐怖もありませんでした。どっちに転んでもそれはそれ、という感覚です。
スーツさんのように、自分を縛っていた固定観念を外して、やりたいことがあるなら、人の目を気にせずにやってみる。常識を一つずつ疑ってみる。失敗しても、それはそれで経験になるし、人が失敗する姿って結構おもろい。一歩ずつ踏み出すことで、より自分らしい人生を楽しめるようになるんじゃないでしょうか。